【プレスリリース】テラヘルツ電磁波で1分子の超高速の動きをとらえた

2018.12.03

東京大学生産技術研究所 平川 一彦

テラヘルツ電磁波は、さまざまな分子の振動周波数と整合し、分子の構造や機能などを調べるのに適しています。しかし、テラヘルツ電磁波の波長が100マイクロメートル程度と非常に長いため、これまでは電磁波の回折限界のために、直径数ミリメートル程度の大きさの中にある非常に多数の分子の「平均的な情報」しか得ることができませんでした。

今回、東京大学生産技術研究所の我々のグループは、物質材料研究機構の濱田幾太郎博士(現在:大阪大学)と共同で、長波長のテラヘルツ電磁波で1分子を観測する技術を開発し、超高速の分子振動の観測に成功しました。
光(一般的には電磁波)をレンズや鏡を用いて集光するとき、その最小ビーム径はおおよそ電磁波の波長を下回ることはできない「回折限界」という制約があります。このため波長が100マイクロメートル程度のテラヘルツ電磁波をレンズや鏡で集光しても、波長の10万分の1(1ナノメートル)程度しかない1分子からの信号を得ることは不可能です。

本研究チームはこれまでに、金属電極に1ナノメートル程度の隙間を設け(ナノギャップ電極)、その隙間に1分子を捕えた「単一分子トランジスタ構造」を精密に作製する技術を開発してきました。本研究の特徴的な点は、このナノギャップ電極をテラヘルツ電磁波に対するアンテナとして用いることにより、1分子に効率よくテラヘルツ電磁波を集光することができた点です。また1分子からの極微弱なテラヘルツ信号を、分子を経由して流れる電流の変化として読み出すことができるところも極めて有効です。

この単一分子トランジスタ構造を用いて1個のC60(フラーレン)分子をテラヘルツ電磁波で観測したところ、ピコ秒(10-12秒)程度の時間スケールで1分子が超高速に振動している様子を検出することができました。このようなテラヘルツ計測は、原子レベルの超微細加工技術とフェムト秒レーザを用いた超高速時間領域テラヘルツ測定技術の両方がそろって初めて可能となったものです。またC60分子に電子を1個注入することにより、振動周波数が微細に変化する様子も観測されました。このような電子1個がもたらす分子振動数のわずかな変化も観測できるようになったのは、単一分子トランジスタ構造を用いて、分子の中の電子数や電位(静電ポテンシャル)を精密に制御できるようになったからです。

分子振動の微細構造なども明らかにできる1分子のテラヘルツ計測が可能になったことにより、遺伝子やタンパク質の分子レベルの構造や機能の解析、分子レベルの情報に基づいた医薬品の開発など、物理、化学、生物学、薬学などの基礎から応用に関わる広い分野に大きな発展をもたらすと期待されます。

原論文情報
S.Q. Du, K. Yoshida, Y. Zhang, I. Hamada, and K. Hirakawa, Nature Photonics 12,608 (2018).
DOI: 10.1038/s41566-018-0241-1