【プレスリリース】量子集積メモリに道を開く光スピン制御の 新原理実証

~量子コンピュータや量子通信の高速化を可能に~

2017.06.05

横浜国立大学 小坂 英男

量子情報計算、量子情報通信と呼ばれる量子力学の法則を利用した次世代の量子情報技術の登場によって、従来の計算能力を凌駕するコンピュータや、絶対に安全な通信を実現できることが期待されています。これらを実現させるための基盤として、量子性を持つ様々な物質系が提案されています。中でもダイヤモンド中の電子スピンを情報の単位(量子ビット)として扱う方法は、情報の保持と集積化の観点で優れていることが知られています。ダイヤモンドに集積配列された電子スピンを量子制御するためには、スピン一つ一つを個別に、自在に、正確に制御する技術が求められます。レーザ光の局所電場を利用することで電子スピンの選択的制御が可能ですが(図1)、これまでに提案、実証されている制御手法では、限られた制御しかできないうえに、制御の忠実度も高くありませんでした。

横浜国立大学大学院工学研究院の小坂英男教授と関口雄平研究員(博士課程1年)らの研究グループは、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)の単一電子スピンをレーザ光で自在に、正確に制御する技術の実証に成功しました。これまでは、磁場の印加によって物理系にどれだけ大きなエネルギー差をつけるかが重要とされていましたが、本研究では反対に、磁場を厳密に排除することにより物理系のエネルギー差を敢えてなくし、結果的に出現する空間の自由度を巧みに利用する方法を考案し、これを実験で実証しました。従来とは真逆の発想によって、時間のかかる断熱的操作ではなく時間のかからない非断熱的操作を可能にし、ナノ秒(10-9秒)の速さで、忠実度が90%以上と極めて正確かつ完全に自在な制御の実現に世界で初めて成功しました。これは、マイクロワット(10-6W)という小さな光パワーを用いながらも、従来の約100倍の速さに当たり、忠実度を約3倍向上したことになります。これにより108個のNVスピンを光で一括制御する可能性を示しました。さらに、スピンの制御機構もノイズ耐性の低い動的位相回転からノイズ耐性の高い幾何学的位相回転へと移り変わることを理論的シミュレーションによって明らかにしました。本成果によって、量子情報処理に必要な全操作が現実的なレベルで行えるようになり、今後の量子情報実験を加速させることが期待されます。

本成果によって、量子情報処理に必要な3つの基本要素技術である書き込み、ゲート制御、読み出しをすべてレーザ光の技術で完成することができました。これらの技術を利用し、量子情報ネットワークの実現に向けて、量子テレポーテーション転写や量子もつれ測定などの発展的な量子情報技術の実証へ応用を進めていきます。また、これらの量子技術は、繊細な物理量を扱うために、超高感度な電磁場センシング、バイオイメージング技術といった応用への道も開きます。

今回の成果は、物理系をどれだけ強制的に従わせることができるかという従来の方針とは逆を行く発想によって、物理系の空間の自由度を巧みに利用した光による完全な電子スピン制御に成功したものです。マイクロ波やラジオ波を用いた制御はこれまでにもありましたが、局所的な操作には向いていません。今回、光による単一電子スピン制御を完成させたことで、固体中の集積スピンを基盤とした量子情報技術が発展することが期待されます。

本研究は新学術領域「ハイブリッド量子科学」(課題番号16H01052)、科学研究費補助金 基盤研究S(課題番号16H06326)、基盤研究A(課題番号24244044) 、文部科学省ポスト「京」萌芽的課題1「基礎科学のフロンティア-極限への挑戦」、情報通信研究機構(NICT)高度通信・放送研究開発委託研究の支援のもとに行われました。

掲載論文:Nature Photonics (DOI:10.1038/nphoton.2017.40)
著者:Yuhei Sekiguchi, Naeko Niikura, Ryota Kuroiwa, Hiroki Kano and Hideo Kosaka*(関口雄平、新倉菜恵子、黒岩良太、加納浩輝、小坂英男*
題目: “Optical holonomic single quantum gates with a geometric spin under a zero field”(幾何学的スピンの無磁場下でのホロノミック光量子ゲート)